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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)430号 判決 1988年11月24日

控訴人

音田清臣

右訴訟代理人弁護士

上田稔

被控訴人

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

下野恭裕

田原恒幸

奥田喜代志

玉井博篤

束田清

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中被控訴人関係部分を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金二八一万八八六四円及びこれに対する昭和五九年八月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  被侵害利益

(一) 原判決別紙物件目録一ないし四記載の土地(以下「本件土地」という。)はもと高谷まさの所有であった。

(二) 控訴人は、昭和四一年三月一二日ころ、高谷から本件土地を買い受けた。

2  権利侵害行為(控訴人の所有権喪失)

(一) 岡本栄次郎は、昭和四二年八月二四日ころ、本件土地について、これを自己が高谷から買い受けたとして、神戸地方法務局淡路出張所にその旨の所有権移転登記手続を申請し、同出張所はこれを受理して同日受付第一八二四号をもって高谷から岡本栄次郎への所有権移転登記がなされた。

(二) その後、本件土地について次のような所有権移転登記が経由された。

(1) 昭和四二年八月二六日付で栄次郎から橋本隆朗へ

(2) 本件一ないし三の土地について 昭和五一年三月一日付で橋本から大興土地開発株式会社へ

同年四月一三日付で右会社から中西政男へ

(3) 本件四の土地について

昭和五一年四月一六日付で持分各三分の一につき橋本から丸橋清史及び李甲植へ

同年八月二四日付で橋本の残持分三分の一につき同人から酒井康夫へ

同年一〇月九日付で酒井の持分三分の一につき同人から中西政男へ

同年一一月八日付で李の持分三分の一につき同人から具泰本へ

(三) そこで、控訴人は、昭和五二年四月ころ、本件土地の当時の所有名義人であった中西、具、丸橋を相手方として、本件土地の所有権に基づき、真正登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続請求の訴(以下「別訴」という。)を洲本簡易裁判所に提起したところ(昭和五二年(ハ)第二〇号事件)、昭和五六年一月二八日請求認容の判決がなされ、その控訴審(神戸地方裁判所昭和五六年(レ)第一七号事件)でも控訴棄却の判決がなされたが、これに対して中西らが上告したところ(大阪高等裁判所昭和五九年(ツ)第一二号事件)、昭和五九年一一月二〇日に原判決破棄、一審判決取消し、原告(控訴人)の請求棄却の判決が言渡された。

(四) 右上告審判決の要旨は、「控訴人は本件土地の真実の所有者ではあるが、不実の登記を放置していたのであるから、禁反言もしくは権利外観法理により、善意の第三者である中西らに対抗できない」というものであり、これにより控訴人は本件土地の所有権を喪失した。

3  被控訴人の責任原因(国家賠償法一条)

神戸地方法務局淡路出張所登記官には、前記2(一)記載の高谷から栄次郎への登記(以下「栄次郎登記」という。)申請を受理するについて、次のとおり過失があったから、被控訴人は、国家賠償法一条により控訴人の損害を賠償する責任がある。

(一) 栄次郎登記の登記申請手続はいわゆる保証書によってなされているが、右保証書の保証人となっている大木正義、来田人司は高谷とは全く面識がなく、したがって権利関係を保証し得る者ではないのに、登記官はこれを看過した。

(二) 登記官は、不動産登記法四四条の二所定の通知を登記義務者である高谷に行ったところ、これに対する回答は、「高谷まさ」名義でされるべきところが「高田まさ」となっており、しかもその筆跡は司法書士土井省三のものであったのに、登記官はこの点を看過した。

(三) このように、栄次郎登記の申請手続には前記法条に違背する不審な点があったのであるから、登記官としては、右申請を却下するか、さもなくば、高谷の意思を何らかの方法で確認すべき義務があったというべきであり、登記官にはこれらの義務を怠った過失がある。

4  因果関係

前記登記官の義務違反がなければ、栄次郎登記は現出せず、ひいては控訴人が本件土地の所有権を喪失することもなかったのであるから、登記官の過失と後記損害との間には相当因果関係がある。

5  損害

控訴人は、本件土地所有権を喪失したことにより、その価額相当額である三三七四万一〇〇〇円を下らない損害を被った。

6  まとめ

よって、控訴人は被控訴人に対し、国家賠償法一条に基づく損害賠償の内金請求として、二八一万八八六四円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五九年八月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)は認め、(二)は不知。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)の事実のうち、栄次郎登記の登記申請手続が保証書によりなされたことは認めるが、その余は不知。

同(二)の事実のうち、回答書の筆跡が土井司法書士のものであることは不知、その余は認める。

同(三)の主張は争う。

4  同4の事実は否認する。

控訴人は、昭和四六年一、二月ころ本件土地の所有名義が第三者となっていることを知ったが、その後も五年余りにわたってこれを放置し、所有権者としてとるべき是正措置を講じなかったため、その所有権を喪失するに至ったのであり、登記官の過失と右所有権喪失との間には因果関係がない。

5  同5の事実は否認する。

三  抗弁(登記官の無過失)

1  栄次郎登記がなされた経緯

(一) 土井司法書士は、高谷及び栄次郎両名の代理人として、昭和四二年八月二三日淡路出張所に対し、本件土地につき同月二一日に高谷から栄次郎に売買がなされたとして所有権移転登記申請をした。右申請書には、添付書類として、原因証書、右両名の委任状及び印鑑証明書が添付されていたが、登記済権利証がなくその代わりに保証書が添付されていた。

(二) そこで、同出張所登記官は、右登記申請が間違いないものであるかどうかを照会するため、同月二三日高谷に対し、不動産登記法四四条の二第一項の規定によるいわゆる事前通知を、葉書を自宅に郵送する方法で行った。これに対し、高谷又は高谷忠駿は、右葉書の裏面の回答欄に「右の各登記の申請に間違いがない。」との回答をし、さらに、住所、氏名を記入し、右登記申請書に添付された委任状及び印鑑証明書の捺印と同一の実印を押捺のうえ(ただし、高谷は、実印のみを自ら押印し、その余の事項の記入を土井司法書士に任せていたところ、同人が高谷の氏名を記入するに際し誤って「高田まさ」と記入したものと思われる。)、淡路出張所に持参又は送付した。そこで、登記官は、同月二四日、前記事前通知に対し適法な申出がなされたものとして、登記申請を受理(再受付)し、本件土地につき栄次郎登記を完了した。

2  登記官の無過失

本件で唯一問題となるのは、前記回答書中の氏名欄が「高田まさ」となっていたということのみであるところ、本件では、前記のとおり、事前通知が登記義務者である高谷の自宅に直接発送されており、回答書記入の住所は同人の住所と一致していたほか、本人の同一性認定に大きな比重を占める印影についても、名下に押捺された印影は登記申請書添付の委任状及び印鑑証明書のそれと同一であって、実印で捺印されていたというのであるから、登記申請書記載の登記義務者と申出人とが同一人であって、右回答書が高谷の意思に基づいて記載されたものと認められるのであり、そうすると、登記官が当該申出を適法なものと取扱ったことをもって直ちに過失があったとはいえない。

特に、本件では、いかなる理由によるかは現在では不明であるが、高谷の依頼を受けた土井司法書士が、回答書の氏名欄に誤って「高田まさ」と記入したにすぎない事案であり、また、高谷が栄次郎に対し所有権移転登記をする意思があったことは明らかであるから、右回答書の氏名欄の記載が誤っていたかどうかは、右登記申請に間違いないとの右回答の趣旨との関係においては何ら関連がなく、よって、結果的には、右回答書の誤記入を看過したことをもって登記官に過失があるとされるものではなく、偽造登記を看過したことが問題とされる事例とは性質が全く異なることを注視すべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1、2の事実は否認し、主張は争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1の事実(被侵害利益)について

1  請求原因1(一)(本件土地はもと高谷の所有であったこと)は当事者間に争いがない。

2  同(二)の事実(高谷と控訴人との間の売買)については、当裁判所も、右の事実は認められるものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示の該当部分(一五枚目裏一行目から一七枚目表六行目まで)と同一であるから、これをここに引用する。

(一)  原判決一五枚目裏一行目の「九号証」を「八号証」と訂正し、二行目の「乙第一ないし第三号証、」を削除する。

(二)  一七枚目表二行目の「右の」から三行目の「はない。」までを削り、同六行目の次に行を改めて次の説示を加える。

「丙第三号証(岡本ひろ子の証人調書)及び原審相被告岡本ひろ子本人尋問の結果中右の認定に反する部分は、前掲各証拠と対比してたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。」

二請求原因2の事実(権利侵害行為)は当事者間に争いがない。

三同3の事実(被控訴人の責任原因)について

1  栄次郎登記の登記申請手続が不動産登記法四四条所定の保証書によりなされたことは当事者間に争いがないところ、控訴人は、まず、保証人大木正義及び来田人司は高谷と全く面識がないから保証人としての適格性がなく、この点を看過した登記官には過失があると主張する。

しかしながら、保証書による登記申請を受けた登記官としては、保証人として保証書に記載された者が同法四四条に規定されている要件(その登記所において登記を受けたことがある成年者)に合致しているかどうかを審査すれば足り、進んでその保証人が登記義務者と面識があるか否かという点についてまで審査する義務を負うものではないと解されるから、控訴人の右の主張は理由がない。

2  次に、控訴人は、栄次郎登記の登記申請を受けた淡路出張所登記官が同法四四条の二所定の通知に対する回答書の署名を審査するについて過失があったと主張するので、判断する。

(一)  右の登記申請を受けた同出張所登記官が登記義務者である高谷まさに対し同法四四条の二第一項所定の通知(いわゆる事前通知)を行ったところ、これに対して「高田まさ」名義の署名のある回答書(同条二項)が提出されたが、登記官は右氏名の齟齬を看過して右登記申請を受理したことは当事者間に争いがない。

(二)  同法四四条の二の立法趣旨は、所有権に関する登記申請に当たって登記済証に代えて保証書が添付された場合には、右の申請が間違いなく登記義務者の真意に基づくものかどうかを事前に問い合わせ、もって登記事故を未然に防止することにあり、その趣旨からして、同条二項の回答書(申出書)に記載が要求されている登記義務者の氏名及び捺印(同法施行細則四二条の三)は、登記申請書(委任状等の付属書類を含む。以下同じ)に記載されたそれと同一のものであることを要するものとされている(不動産登記事務取扱手続準則七五条一項、同付録五八号様式参照。)

そうすると、登記官が右回答書の氏名及び捺印を審査するに当たっては、これと登記申請書中の登記義務者の氏名及び捺印とを対比して、両者が合致するかどうかを外形的、客観的に審査すれば足り(形式的審査主義、書面主義)、両者の同一性が認められないときには、申出期間の経過をまってその登記申請を却下すべきものと解される(同法四九条四号、一一号)ところ、前記の立法趣旨に照らすと、右の氏名及び捺印の同一性の審査は厳格に行われる必要があり、氏名又は捺印のいずれかにおいて同一性が欠けておればもはや適式の回答(申出)ということはできないというべきである。

これを本件についてみると、「高谷まさ」と「高田まさ」とは、一字が異なるだけではあるが、本来回答書への記載が求められているのは登記義務者本人の自署であること及び本人が自己の氏名を書き間違えるなどということはおよそ考えられないことを考慮すると、右一字の相違を単なる書き間違いとして看過することは許されず、両者は同一性を欠くものと解するのが相当である。

そうすると、前記登記官としては、前記回答書を審査するに当たり、右の氏名の齟齬を確認して登記申請を却下すべき注意義務があったのに、これを怠った過失があるというほかない(右の齟齬の発見が容易であることはいうまでもない。)。

(三)  被控訴人は、前記回答書に記載された登記義務者の住所及び名下の捺印が申請書記載のそれと一致していたから右回答書は適法であったと主張するが、右主張は、前記(二)の説示に照らしてとうてい採用することができない。また、被控訴人は、本件において、高谷は真実登記申請意思を有しており、前記回答書も同人の意思に基づいて作成された(ただ、同人の依頼を受けた土井司法書士が誤って高田まさと記入したにすぎない)のであるから、登記申請を受理した登記官に過失はないと主張するが、前述した登記官の審査義務の性質からすると、仮に右の事実が認められ、結果的に回答書の記載が真実登記義務者たる高谷の意思に基づくものであることが証明されたからといって、前記登記官の過失が否定されることになるものではないと解されるから、被控訴人の右主張も失当である。

四請求原因4の事実(因果関係)について

1 以上一ないし三で認定したところによれば、淡路出張所の登記官が前記注意義務を尽くして栄次郎登記の申請を却下しておれば、同登記は現出せず、そうすると、争いのない請求原因2(二)以下の事態も生ずることなく、したがって控訴人が本件土地の所有権を喪失することもなかったと一応いえそうである。

2  しかしながら、<証拠>によれば、栄次郎登記の申請は、登記権利者である栄次郎及び登記義務者である高谷の真意に基づくものであって、司法書士土井省三において両名より委任を受けて登記申請手続を行ったものであること、前記回答書(甲第二号証の四)の署名も偽造されたものではなく、高谷から署名の代行を任された同司法書士においてこれを記入したが、氏名を誤記したものであることが認められ、甲第六号証中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比してたやすく採用できず、他に右認定を左右する証拠はない。

右の認定事実によれば、仮に前記登記官において、前記署名の齟齬に気付いて栄次郎登記の申請を却下していたとしても、栄次郎及び高谷から直ちに再度同様の登記申請がなされ、その際には同法四四条の二の通知に対し適式の回答がなされ、もって右申請が適法に受理されるに至っていたであろうことは容易に推認されるところである。

3 そうすると、登記官において前記注意義務を尽くしていたとしても、栄次郎名義の登記が昭和四二年八月ころに現出していたことには変わりがなく、したがって、請求原因2(二)以下の事態が生じたことにも変わりがないということになるから、前記登記官の過失と請求原因5の損害との間には相当因果関係がないというべきである。

五結論

よって、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく失当として棄却すべく、これと結論を同じくする原判決は結局相当であるから、本件控訴は理由がないものとしてこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官今中道信 裁判官仲江利政 裁判官鳥越健治)

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